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地元ならではの”通な散策”をご提案。 かわさき歴史ガイド協会

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以下、モデルコース4種です。
いずれのコースも所要時間は、2時間から2時間30分程度ですがご希望によりアレンジします。

 モデルコース1「川崎宿めぐり」川崎宿及びその周辺(所要時間約2時間30分)
          ♪六郷渡れば かわさきのーまんねんやー♪
             大師詣でにぎわいをみせた川崎宿


東海道かわさき宿交流館 → 宗三寺(謎の文字の墓石)→ 一行寺(お閻魔さま) → 田中本陣跡 → 万年屋跡(奈良茶飯) → 六郷の渡し → 真福寺(庚申塔) → 稲毛神社(河崎庄の鎮守) → 問屋場跡 → 高札場 → 佐藤本陣跡(詩人佐藤惣之助の生家) → 妙遠寺(泉田二君の碑) → 小土呂橋跡 → 教安寺 → 芭蕉の句碑 → 無縁塚 →京急八丁畷駅

【宗三寺 本堂】

【宗三寺】「武州、河崎荘勝福寺」がその前身といわれています。小田原北条の家臣間宮豊前守信盛が中興し、その法名「瑞龍院雲谷宗三居士」から宗三寺と名付けられました。境内には間宮豊前守信盛の墓や墓石の頭部中央に「烏八(うはっ)臼(きゅう)」と刻まれた、いまだ解明されていない文字のある墓があります。

【江戸名所図会「河崎万年屋奈良茶飯」】





【万年屋跡】
一膳飯屋万年は庶民の旅の普及・川崎大師参詣者が多くなる中、名物奈良茶飯が評判を呼び、宿内一の茶屋に発展、旅籠も営むようになりました。





     

【真福寺 庚申塔】

【真福寺】「瑠璃光山 金剛院 真福寺」。本尊は薬師如来。創建は不明ですが、当初は多摩川河畔にありました。境内には寛文5年(1665)銘の庚申塔があり、阿弥陀如来を主尊としては、市内最古・最大のものです。







 モデルコース2「大師道めぐり」川崎大師境内及び周辺(所要時間約2時間30分)
         〜厄除け大師でにぎわいをみせた川崎大師平間寺〜


京急港町駅 → 六郷の渡し → 徳泉寺 → 医王寺(水騒動・民話) → 河港水門(大運河計画) → 池言坊(池上家累代の墓所) → 若宮八幡宮・金山神社(酒のみ合戦・かなまら祭り) → 京急発祥の地碑(東日本最初の電車) → 馬頭観音 → 明長寺(辻が花小袖) → 川崎大師平間寺(厄除け大師)→ 瀋秀園(中国式庭園) → 京急川崎大師駅

【河港水門(大運河計画)】

【河港水門(大運河計画)】明治以降河口付近の各工場は、この多摩川の水運を利用していました。その後、工業用地拡大のため運河の計画ができ、昭和3年に水門は完成しました。しかし、財政事情の悪化(昭和恐慌)により運河計画は中断してしまいました。水門は当時のまま残され、上部左右には、梨、ぶどう、桃、いちじく等の飾りがあり、この地域がこれら果物の一大産地であったことを教えてくれています。





【池言坊(池上家累代の墓所)】

【池言坊(池上家累代の墓所)】大師河原の開発をした池上家累代の墓所です。21代幸広は新田開発のために大師河原に移住してきました。24代幸豊は池上家の開拓精神を受け継ぎ、宝暦9年(1759)に池上新田を開発しました。また、サトウキビの栽培・砂糖の製造に成功し、梨、桃などの果樹栽培や製塩等の殖産興業の発展に貢献しました。







【金山神社】

【若宮八幡宮】祭神は仁徳天皇。対岸にある六郷神社の氏子が大師河原を開拓し、鎮守として祀った治水と干拓の守護神です。境内には金山神社があり鍛冶職人や金物を扱う企業によって「かなまら祭り(ふいご祭り)が行われています。また、大師河原酒合戦記念碑があり、慶安の酒合戦の再現「水鳥の祭」も行われています。







【江戸名所図会「大師河原 大師堂」】

【川崎大師平間寺(厄除け大師)】厄除け川崎大師の正式名称は、『真言宗 智山派 大本山 金剛山 金乗院 平間寺』です。縁起によると、創建は大治3年(1128)、創建功徳主は平間兼乗、開基は尊賢上人です。京都の智積院が総本山で、成田山新勝寺、高尾山薬王院とともに関東の三大本山として知られています。
寛政8年(1796)11代将軍徳川家斉公の前厄消除祈願のための参詣が実現すると、江戸の人達の大師詣では日帰りできる魅力もあって爆発的な信仰の広がりを見せました。





 モデルコース3「ご利益めぐり」京浜急行大師線に沿って(所要時間約2時間30分)
           〜新田開発と製塩業に励む農民の祈り〜 

京急川崎大師駅 → 大師稲荷神社(本殿・拝殿内の彫刻) → 千蔵寺(節分会・鬼は内) → 法栄寺(明治初期の教育家) → 水神社 → 田町稲荷神社 → 田町厳島神社 → 日ノ出厳島神社 → 塩浜神明神社・塩釜神社(塩の神様) → 四谷義田稲荷神社 →汐留稲荷神社(池上幸豊) → 弁天神社・八海山神社 → 石観音(霊亀石) → 藤崎願掛け地蔵 → 川中島神明神社 → 京急川崎大師駅



【塩浜神明神社 本殿】

【塩浜神明神社】創建は徳川4代将軍家綱の頃と伝えられています。境内には塩釜神社があり、祭神は塩土老翁(シオツチノオジ)の神です。安産の神として知られていますが、当地では、寛文11年(1671)に始まった製塩業の守護神として崇められています。製塩は明治30年代まで続きました。








【石観音(霊亀石)】


【石観音(霊亀石)】天台宗明長寺の境外仏堂で、寛文5年(1665)に創建されました。本尊は如意輪観音石像で、いぼ取りのご利益があることで知られていました。また、境内には、亀の助力によって海底から引き揚げられたと伝えられている「霊亀石」の手水鉢があります。
          




【川中島神明神社】


【川中島神明神社】
創建は建武年間(1334〜1335)の頃と伝えられています。境内のお堂には道祖神「歳/賽の神」と「白衣観音石像」が安置されています。
赤子を抱いた「歳の神」は咳の神様として風邪、百日咳等にご利益があることで知られています。









 モデルコース4「田島めぐり」地元ならではの通な散策(所要時間約2時間30分)
            〜鎌倉時代の史跡が残る田島の地域〜

京町バス停 →大町「庚申塔」→ 畑家墓所と伝源頼政塚 → 円能院 → 日枝大神社(市内最古の力石) → 成就院 → 新田神社(新田義貞公と家臣亘新左衛門) → 皐月橋道標(庚申塔) → 大島八幡神社(源氏ゆかりの神社) → 真観寺(樹齢800年の大銀杏) → 了延庵(貝殻寺) → 中島八幡神社 → 遍照寺 → 延命地蔵尊(疫病退散祈願) →京急港町駅

【畑家墓所と伝源頼政塚】

【畑家墓所と伝源頼政塚】新田義貞の四天王の一人といわれている畑六郎左衛門時能の子孫の墓所があります。墓地内には、畑六郎左衛門時能が越前戦った様子を描いた「友雪画、太平記絵巻・ 灯明寺畷の戦い絵巻」の石刻画があり、当時の戦いの様子をうかがい知ることができます。また、「頼政塚」と「源頼政の供養塔」が畑家の子孫の方に大事に守られ、今に伝えられています。



【成就院 本堂】


【成就院】
成就院の正式名称は「明王山聖無動寺成就院」といい、本尊は不動明王と二童子です。新田義貞が鎌倉攻めで入間川に布陣した折、夢枕に成就院の不動明王の二童子が現れ、戦勝間違いなしとのお告げがあり、勝利したとの言い伝えが残っています。






【新田神社 亘新左衛門の墓】

【新田神社】
境内には、鎌倉末期から南北朝期にかけてこの地を領した亘新左衛門早勝の墓があります。また、延元3年(1338)越前の国で討死した主君新田義貞の遺品を持ち帰って供養し、義貞を祀ったと伝えられています。






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